街角にて

どこかの街の、誰かの物語。

この世界はワンダーランドじゃない

ライブハウスと古着屋が併設されている夢のような場所。そこで店番をしたり知らないバンドの演奏で踊りながらお酒を飲む夢のような時間。結局全部夢だったけど、疫病が流行る前はいつか正夢になると思っていた。旧友の個展に顔を出した。数年ぶりに会う彼自…

憂鬱な季節を泳ぐ

雨の日が続いている。駅に入った彼女は、閉じた傘を先の方から丸めた。かと思いきや濡れた手を無造作にスカートで拭う。丁寧なのかがさつなのかわからないそのアンバランスな行動を、なぜか愛おしく思った。まとわりつく湿気のせいで曇った眼鏡越しに彼女の…

青い惑星の香り

「好きな香りを思い出すといいでしょう」占いなんて気にしたりしなかったりその時々で都合のいいように受け取っているのだけれど、久しぶりにお気に入りの香水をつけて街に出た。何度か入ったことのある喫茶店や雑貨屋を通り過ぎた。どこの街に行っても誰か…

デンジャラス・スモーキー

様々なスポーツから将来有望な中学生が集められて特別な訓練をするという。どういう経緯かはわからないけれど、僕は卓球界の代表として参加していた。会場となった中学校の格技場裏で何人かの参加者とこっそり喫煙していたのが問題になり訓練を外されそうに…

Transmission

イアンみたいな最期もいいと思った、破滅的なものに情緒を感じてしまう。でもそれは自分が持っていないものへの憧憬であって、僕が同じことをやったとしてもきっと誰も気づかない、ただ忘れ去られるのみ。あくまで彼だったからこそ、その破滅が伝説になった…

ロックンロール・ガール

かつての恋人はギターを弾いていた。同じバンドが好きだったのをきっかけに知り合って、少しだけ一緒にバンドを組んだりもしてた。すぐ解散しちゃったけど。バンドばかりで構ってくれないのが嫌で、彼の曲をちゃんと聴いていなかったたのを思い出す。そんな…

どこかの国の守り神

年明け、初詣に行った帰りに立ち寄ったエスニック系の雑貨店。店内を見ているとなんだか得体の知れないものと目が合う。やたらと目力の強いそいつは、よく見ると木彫りのペンダントだった。どうしてなのか今それを買わなければいけないと思った。思わされた…

Bedtime Story

昔々、あるところに1枚の写真がありました。そこには産まれたばかりの息子を抱く妻とその夫、かつての幸せな家族が写っています。だけどもうその家族は存在していません。彼女は思い出を丸めて捨て、彼はそれをゴミ箱から拾いました。そして彼は家族と過ごし…

見覚えのある感情

仕事帰り、春っぽい白のジャケットを買ってしまった。年々春が短くなっている気がするし、今春においては疫病で出かけることすらままならなくなっている。果たして何回くらい着れる機会があるのだろう。ジャケットをしまったバッグを抱えて乗り込んだ電車の…

ウクレレでも買おうかしら

最近の楽しかった出来事について書こうと思っていたけれど、ニュースで件の客船についての特集を観ていたらそれができなくなってしまった。僕が普段通りの週末を過ごしたり隣のおじさんが訪ねてくる夢をみたりしている間に苦しい日々を送っている人たちがい…

ゆるやかな終末

このところの騒動による自粛ムードと物資の買い占め、どことなく世の中に漂う閉塞感。なんだかあの時と似ているように感じて気分が悪い。歯医者さんへの通院を終えて歩いていると自宅近くに数件あるドラッグストアにはどこも人集りができていた。その光景が…

音楽が鳴り止むまでは踊り続ける

中座した人を待ちながら煙草に火をつける。店の有線から流れる懐かしい曲。隣のテーブルから聞こえてくる、たまたま居合わせた誰かの昔話。アルコールの回ってきた頭を過去が通り抜けていく。いつもより酔いが早い、自分が病み上がりだったことを思い出す。…

猫の日、忍者の日、

数年前の初夏のこと。母方の祖父が入院していると聞いて姉と二人で新幹線に乗り、お見舞いに行った。先に病院に着いていた母と叔父が迎えてくれる。「大きくなったね!」にこやかに叔父が言う。叔父と前にあったのは小学生くらいの頃だったはずだから確かに…

よくある感傷ごっこ

茶碗を洗っていると軋んだような音がした。よく見ると薄っすらとたくさんのヒビが入っている。落とした記憶もないしさほど長く使っていたわけでもないけど安物だから仕方ないのかな。イヤホンの片側から音が出ない。どうやら断線してしまったらしい。物が壊…

かさぶたメッセージ

都内某所のプラネタリウムで解説をしていた女性の声がとても好きで行くたびに癒されていたのだけど久しぶりに行ったら別の方になっていた。さみしい。 呼び鈴が鳴る。宗教の勧誘や訪問販売が多いのでそっとドアスコープを覗くと父が立っていた。ノーアポで訪…

ゆれる木曜日の八方美人

「人に嫌われるのが苦手、誰からもよく思われていたい」そう彼女は言った。仕事で誰かの人生の終わりに立ち会う機会が多いのだそうで、身寄りのない人や親族と疎遠な人と接しているうちにそう思うようになったらしい。自分の人生が残り少なくなった時はたく…

ハチジロウのこと

不眠が祟って仕事中に居眠りをしてしまった。そして僕は八次郎という猫の夢を見る。その話を気に入った彼女はそれからハチジロウと名乗るようになった。もちろん彼女にもちゃんと名前があるのだけど、その名前で呼んでももう答えてもくれない。 ハチジロウは…

2019年の終わりに考えること

今から10年前、2009年。忌野清志郎、アベフトシ、志村正彦、僕の好きなミュージシャンたちがこの世を去った。いつの間にかそんなことを忘れて日々を過ごしているけど、通勤中のイヤホンからは毎日当然のように彼らの音楽が今も流れている。本人が死んでも作…

正義の味方になりたかった

悪を倒して人々を守る、ヒーローに憧れていた。ヒーローになれなかったとしても、大切な人を守るために地球防衛軍に志願するんだと思っていた。大人になって正義が戦っているのは悪だなんて単純なものじゃなく、別の側の正義だということが少しずつわかって…

Message in a Bottle

インターネットに言葉を書くのは手紙を詰めた瓶を海に流す行為と似ている。あの人に宛てた僕の手紙は知らない誰かに読まれながら電子の海を漂い続ける。たぶん僕がいなくなった後も。大半の人にとってそれは目に映って流れていくだけのもので、きっと記憶に…

ありふれたガールフレンドの名前

仕事柄、郵送されてきた書類で顧客の個人情報を確認することが多い。その中に見覚えのある名前を見つけ、一瞬ドキッとする。生年月日で別人だとわかった。まぁわりとよくいる名前だ、学生時代に少しの間だけ恋人同士だった女の子の名前。 ロックスターに憧れ…

踏切のあの子は人違い

自堕落な生活を続けて預金残高と体重ばかりが減っていく。たまるのは埃と吸殻と心のもやもや。かろうじて洗濯物は片付けてる。街でよく似た人を見かけたから、今夜は君のことを考えて過ごしてる。あの日橋から投げ捨てた思い出はちゃんと海まで辿り着けたの…

つながりたがり

なんの気無しに宝くじを買ってみた。当たったら何に使おう。欲しいものもやりたいことも思い浮かばない。昔はたくさんあったのに、つまらない大人になっちゃったな。わたしは大金を手にしたことがなくて、でも食べるのに困ったこともない。懸賞なんかは結構…

少し猫背のままで

目が覚める、テレビをつける。誰かの笑い声が耳元を通り抜ける。どうにか体を起こし、窓を開ける。コーヒーを入れる、食パンは焼かずに食べる。洗濯機を回す。隣人に少し気を遣いながら、換気扇の下で煙草に火をつける。今日何をして過ごすか考えているうち…

Mellow Melodious

海沿いの街で暮らしていた。ある日どこかの国のミサイルが近くの海に落ちて、その爆発で起きた高波に街は呑まれたけれど、誰も死ななかった。水浸しになった街を別れた奥さんと息子と3人で歩く。あまり詳しくは覚えてない、楽しかった気はする。目が覚めて僕…

ロードムービー

映画を観ていた。旅の中で様々な人や出来事に触れ、時には独りで自身と対話する。そしてまた退屈な日常に戻っていく、少しだけ成長した主人公。エンドロールが終わった後も彼の人生は続いていくんだろう。傍観者の僕も自分が少し変われたような素敵な勘違い…

さかなのいなくなった夜に

寒い冬の日。雨上がりの河川敷で暖め合うように寄り添い、話をした。暑い夏の日。湿った風の吹くベランダで一緒に煙草を吸った。そろそろ忘れ始めた夜の記憶。 今君はその笑顔を誰に向けているのだろう。あんなに好きだった君の顔もぼんやりとしてくる。すれ…

夜更かし少女のためのハードボイルド

捜査の長引いた殺人事件を解決した刑事は息子へのプレゼントを抱えて線路脇の道を歩いている。電車が通る、同時に突然男がぶつかってくる。電車とともに走り去る男、崩れ落ちる刑事の脇腹にはナイフが。抱えていた袋から転がり落ちたおもちゃのパトカーのサ…

スターダストベイビー

星屑59分発の列車に乗った。跳ねた。行き先はわからない。 列車はかつての乗客たちの、わたしからすれば他人の夢の残骸の中を走り続ける。きっとわたしの夢もいつか星屑のひとつになるのだろう。 だけど今はまだ車窓から星屑を眺めながら先を急いでいる。行…

夏のおまけ

あの日君が煙草を投げ捨てた道の近くには川が流れていて、やがて海に出る。そういえば、あの浜辺は去年埋め立てられたらしい。