街角にて

どこかの街の、誰かの物語。

2023年の終わりに考えること

まだ今年って何年だったっけ、という感覚すらあるのに、それももう終わるらしい。
誰かと一緒に歩いたり一人になったりまた誰かが隣に来てくれたり、何度経験したって毎回変わらず気持ちの浮き沈みを繰り返している。とりあえず、映画になるほど劇的ではないけれど退屈でもないくらいの日々を過ごせているようには思う。
つい最近、青春時代にずっと聞いていたロックバンドのボーカルが逝った。彼の人生は僕なんかとは比べ物にならないほどに劇的だったんだろう。訃報を聞いた夜、酔っ払って帰って一番最初に目に入ったCDを見えるところに飾った。来年はCDを聴ける機械を手に入れようかな。
シーユーロックンロールスター、シーユー2023、アイラビューベイベー。

 

猫とダイヤモンド

目の前を横切る猫じゃらしを捕まえた時に、猫は果たして自分が人間に捕まえさせられていることに気づいているのだろうか。僕もそう、途中で気づいたとしてもやめられない。捕まえさせられていたとしても別にいいのだ。
そんなことをぶつぶつ呟いていたら
「あなたの愛は屈折していそうだものね」と友人に言われてしまった。そんなことはない、僕の愛はきっと誰よりも真っ直ぐなはず。別に屈折してるのは悪いことじゃないわ、と前置きして、
「ダイヤモンドが美しく輝くのは光の屈折と反射によるもので…」そう続ける彼女はフォローしてくれているようだったけれど、きっと本当は誰に肯定されても否定されてもどうだってよかった。退屈そうにしていると、目の前を黄緑色のふわふわしたものが横切る、僕は反射的にそれに飛びつく。

 

センチな夏はもう古い

撮りかけだったフィルムを使い切り、現像に出す。別にいつでも良かったのだけれどいつかは区切りをつけないといけないと思っていて、たまたまそのきっかけができただけのこと。
愛は永遠だ、なんてよく聞く言葉も嫌いではないけれど、恋は供養する必要があるんだってさ。そんなようなことを、いつか誰かが言っていた気がする。

 

ギターケースの中で眠る

約4ヶ月続いた歯の治療をようやく終えた。ホッとしたのも束の間、鏡に映る金属の歯がダサくてテンションはダダ下がる。
健康診断を受けた。問診で持病の悪化を伝えられはしたものの結果はわりとどうでもよくて、採血やら胃カメラやらをしているあたりがピーク。クリニック併設のレストランが美味しいのが唯一の楽しみ。
ここしばらくつらいことばかりが続いているので慣れない浪費を意識的にする。自分で自分を甘やかす月間。おかげでカードの請求額がいつもより一桁多かった。でもまだ足りない、絶賛継続中。
休日がなかなかに暇なので、十数年ぶりにギターを引っ張り出す。記憶の中の僕のギターと色が違う気がする。まずは磨くところから始めないといけないみたいだ。
そんな7月。溶けそうな暑さがまだまだ続きそうだけれど、来月はなにかいいことがあるかしら。

 

いつかの後悔とか、うるさいな

何か気分を変えられるようなことをしなければいけないと思い、10年近く使っている財布を新調した。これまでと同じ、お気に入りのブランドのもの。買った翌日から早速使おうと思って中身を移し終えたあたりでこれまで使っていた財布がたまらなく愛おしくなってしまって、なんだか少し後悔している。新しいものが気に入らないわけではないんだけれど。それでも自分で決めたことだから、こうやって少しずつでも前に進んでいかないといけない。本当にそうなのかな。別に現状維持でも、後戻りしたとしても構わないのでは。