街角にて

どこかの街の、誰かの物語。

ウサギとカメ

ベランダの水槽で飼っていた亀がいなくなった。何日探しても見つけられなくて落ち込んでいる彼に、わたしは何も言えなかった。いなくなった次の朝に車に轢かれてしまったことを知っていたのに、言えなかった。わたしがこっそり埋めてしまったから、彼がどれだけ探してももう見つかることはない。
ある満月の夜、彼はベランダの水槽を眺めてお酒を飲んでいた。
「見てみなよ、うさぎが映ってる。この前会社帰りに途中の池の近くを亀が走ってたんだ。あいつらのろまなイメージだったけどすごい速さでさ。対してうさぎときたら、こうして水槽に捕まっちゃってる。最初から最後までお互いに全力で競走しても勝敗は変わらなかったかもしれないよ」
酔っているのか、少し嬉しそうだった。わたしは彼の亀の俊敏な動きは見たことがなかったけれど。ずっと閉じ込めておくのも可哀想だから、そう言いながら彼は水槽の水を捨てた。