街角にて

どこかの街の、誰かの物語。

Remember Scarlett

午前3時、携帯が鳴る。
近頃ではなるべく健康的な生活を送るように心がけているので眠っている時間だけど、夕べは具合が悪く早めに眠りについたせいでなんとなく目が覚めていた。
ディスプレイには懐かしい名前が表示されている。
少し迷って、出ようとしたところで留守電に切り替わってしまった。
目も冴えてしまったし、気になって折り返してみる。

「…元気…してますか…?」
「別に用はないんだけど、酔っ払ってなんか寂しくなって電話してみたの」

ずいぶん久しぶりに聞く、かつての恋人の声。
本当は怒るべきところなのだろうけれど、相変わらずな彼女の甘ったるい声と話し方がなんだか心地よかった。
それから、しばらく話をした。僕はほとんど相槌をうっていただけだけど。

「今度一緒に横浜を散歩しようね」
「その時はコーヒーごちそうするよ」
「ケーキもつけてあげる」
「甘いもの、食べれたよね?」

僕らはきっと果たされないであろう約束をした。彼女のふわふわした声に包まれて僕は眠たくなってくる。
おやすみ、と言って電話を切ろうとした僕に、思い出したように言う。

「メアド変えた時はちゃんと連絡してね」

それはこっちのセリフじゃないか、君のキャラ的に。と言おうとしてやめた。
酔ってたまたま思い出しただけかもしれないけれど、好きだった人が自分のことを覚えていてくれたことがなんだか嬉しかった。大切な人を忘れたり忘れられたりするのは、ある意味死んでしまうよりも悲しいことかもしれない。
まだ夜明け前だったので僕はまた少し眠る。

朝にはだいぶ調子が良くなっていた。
もしかしたら昨夜の電話は夢だったのかもな。僕は携帯を見た。
少しほっとして、いつものように満員電車で仕事に出かける。